ヤキモチの法則

noho_hon2005-01-19

こう、つらつら考えてみるに、長じてくるに従って、どんどん「わが道をいく」度が強まり、ローカル街道、爆進!してしまったせいか、あまり強いヤキモチって感じた記憶ないんですが、いまだ、すっごく印象に残ってる、デビルの尻尾、ピンッな瞬間(!)は、小3の時でした。
当時、転校したばかりで、再びの、官舎住まい。偶然、ご近所に、引っ越してきた家庭に、同級生の女の子がいるオウチがありまして、これまた偶然にも、父親同士、同じ県出身だったことや、同じようにピアノを習ってたせいもあいまって、またたく間に、家族ぐるみの親密なつきあいとなりました。
仮に、ミキちゃんとしますね。私は基本的にミキちゃんが好きだったんですが、いってしまえば、ある部分。じつに対照的なタイプだったんですよ。
見るからに女の子らしくて、よく気が利き、人の名前を覚えることなぞ、得意中の得意。かたや「まるで、男の子みたい」と嘆かれ、ママゴトより、男の子と秘密基地ごっこして、野山を駆け回ることに夢中だった私に、母は、なにかというと、ミキちゃんを誉めちぎり、「ミキちゃんを見習いなさい」が口癖だったのでした。
最初は、そうでもなかったけれど、次第に、たび重なると、な〜んかザラリとしたものを覚えるようになってね。
たぶん、その日は、いつになく“虫の居所も悪かった”んだと思います。
いつものように、ミキちゃん親子と私達親子が、前と後ろでお喋りしつつ、仲良く、お買い物。ミキちゃんが、なにかを、素朴に世間話。「面白いのよぉ」と屈託なく話してるのが、癇に障り、「そんなの、ちっとも面白くないっ!」と言い放ったような気がします。自分でも、ハッ。
前を歩いてた母親が驚き、えらい剣幕で怒ってね。当然のごとく、ガミガミ、延々とお説教が続いたのち、「ミキちゃんに謝りなさいっ!」 私自身、そんな台詞が、ふいにクチをついて出るとも、母親の雷が落ちるとも予測してなかったので、ぺしゃんこになっしまったのでした。ひたすら、涙目で、うるうる…
でも、今、思うんですよ。たぶん、転校して、なにかと不安でいっぱい。良いにつけ悪いにつけ、それまで築き上げたものが、すべて、ガラガラ…と、リセット状態で、そのくせ、なまじ注目されるわ、ささいな生活習慣の相違や無知が、からかいの種になるわ… ストレスも、てんこもり。
でも、いまひとつ、愛想ないわ、名前を覚えることや、話しかけるのが、うんと苦手で… コンプレックスを感じていた分。そのあたりを刺激され、しかも、唯一の味方であるところの「母親(の関心)まで奪われるぅ?!」みたいな焦りが大だったように思われます。
毎回、彼女への惜しみない賞賛と、お説教をきくたび、内心。「そんなにミキちゃんがいいなら、キミちゃんのお母さんになればいいのに…」と、いじけてましたからね。
だけど、不思議と、学校にも馴染み、友達も増えてきて、自分の世界が広がってくると、ミキちゃんへの、いっときのモヤモヤ感は嘘のように消えてしまいました。タイプが違う分。一緒にピアノを習い、そして彼女の、純粋な音楽への愛や、女の子らしさには、ただただ、敬服で。親が懇意だった分。長く縁が続いてます。
あと、「もやもや〜っとした」、といえば、はじめてのデートの時。すれちがう、うんとオットナ〜で、美人のお姉さんを見るたび、あかぬけない芋娘としては、しょんぼり。
これもまた、ベースには“不安”と“自信の無さ”がありますよねぇ。
おもえば、父が突然、大病をわずらった時。それまで、周囲に“デキたひと”で通ってたのに、急に家庭内・ワガママ大明神になり、とくに母に対して、意地悪になったのに驚きました。でも、それもまた、デビルの種は、ふりはらえない“不安”と、深い“自信喪失”ゆえん、のように思われて。それと、意外と“愛の裏返し”でもあることが多いの…かも。
歯の治療とかする際、「こうなってるので、こうします」みたく、説明してもらうと、納得できるし、不安もやわらぐ旨じゃないけれど、すこ〜しでも、「因果関係が見える」と、ちょっと、安堵できるものがあると思いません?
大なる小なり、誰もが共存するデビル君。上手につきあえるとイイね。