役割は進化する?!

やはり人が数、集まると、自然と「役割」とか「分担」みたいなものが生じるので興味深いですよねぇ。ほとんど、化学反応のごとし。
たとえば、その昔。冬の宴会を開くと、必ず生じるという噂の、“鍋奉行のキモチ”ってものが不可解、だったのですが、主婦になって初めて謎が解けました。
だって、主たる、食べ物調達係(!)になると「1番、美味しい時に、おいしく食べて欲しい」欲求、ふつふつ… だから、なぜ、世間のママ達が、「御飯よ〜ぉ」と呼んでる時、なにかの途中で、いいところだったりして、なかなか手が離せないでいると、どんどん“声が加速度的に険しく”なっていくのか、その理由が分かったような気がしてね。
鍋の中で、肉や野菜が煮えすぎて固くなったり、クタクタになっていくのって、じつに「見てて忍びない」んですもの。『ごくせん』の、お食事前のご挨拶じゃないけれど、食べ物さんに責任すら、感じてしまふ…
そんな感じで、中には、心ならずも「つい、役をひきうけてしまう」方も、いるんだろうなぁ。たとえば、どうにも、沈黙やプレッシャーに弱かったり、長女長男体質が災いしたり… などなど。
なんだか、往年の親のキモチ(父は率先してリーダーに立つタイプで、母は、いやいやんな中で押しつけられてしまう典型。そして、ひきうけたからには、鋼鉄の責任感を発揮… しかし、その分。母のボヤッキーもまたひとしお…だったけどね)を筆頭に、少しづつ謎が解けて「ジグソーパズルの絵が、見えてくる」感覚が、大いに興味深かったりして。